Story

これは、コーチとしての私の物語です。


ビジネスの背景は、IT企業のシステム開発の現場で働いて20年。
20代の終わり頃に新人育成を担当したことや、リーダーとしてチームを持つ立場になったことで、「自分は人と一緒に仕事をすること、人を育てることに興味がある」と気づきました。これがいまも変わらない私の原点です。


それから時は流れ、パンデミックの少し前。
部下を持つ管理職として、よりチームに対しての責任と裁量のある立場に就きます。
ちょうどこの頃、組織の中で1on1の取り組みがはじまり、いくつかの研修を通じて「コーチング」というキーワードに触れました。「相手の答えを引き出す」…いまいちピンと来ていませんでした。


同時期、システム開発の現場では"スクラムマスター"という役割を担うことになり、そこで求められるスキルの定義にもまた「コーチング」が出てきました。いよいよ避けて通れない、長い旅のはじまりでした。

スクラムの文脈でのコーチングは、実践する以前にそれを説明する責任がありました。
勉強会や研修に参加し、自分でも企画を行い、参加者からも学びを得ながら現場で実践していくうちに、「コーチングってこういうものかな」という感覚をある程度つかめるようになりました。


スクラムマスターとして社外講演会に登壇した際には、「1on1では相手の夢を聞いてみましょう」などと無茶を言ったものです。
知れば知るほど本質を学びたくなり、手元にあった"コーチングバイブル"を頼りにCTIの門を叩きました。
腰を据えて体系的に学ぶ中で、しっくりくることもあれば、そうでないことも多くありましたが、応用コースの学びはいつも自分が成長する機会でした。


学びを深める過程で、自らが行うコーチングで生まれる力を目の当たりにし、職場で行う部分的なコーチングの楽しさも増していきました。一方で、組織の中や既存のビジネスの中でコーチングに注力することには行き詰まりを感じるようになります。

・ビジネス領域の専門家として私に向けられる期待と、コーチングとのギャップがあるのでは?
・立場がある中で、お互い思い切り取り組めるのだろうか?
・組織の枠組みの中でも、コーチングは自由にできるものだろうか?


もっと思い切りやりたい。もっとコーチとしての活動を広げるにはどうすればいいか。迷い、悩みました。


そんな思いから会社員としての役割は続けながら、あるとき、組織の人間でもなく、与えられた役割でもなく、「ただ一人の人間としての自分」としてのコーチングをはじめてみました。
まだ小さな活動でも100%コーチとしての自分。少し自由になれた気がしました。コーチングと出会って成長した自分を統合していく、そんな感覚です。
行き詰まりだとおもっていた組織の中の活動でも、私自身がもっと思い切りコーチングできる。
自由であるということは、自ら選択していくということ。私が不自由さを感じていたのも自分で狭めた選択だということに気づきました。



ここからは少し未来の話です。


複雑な社会の中でしがらみに囚われ、自分らしさを発揮できずにいる人は少なくありません。
「心はもっと自由になれるはず」…諦めの悪いコーチとして、私はクライアントと向き合っていく。
いつか、髪を切りに美容室へ行くのと同じように、コーチングがもっと身近で当たり前のものになり、もっと自由に、人々が自分の人生を選択できるようになる日を夢見ています。
そんために自分にできることはまだある。手の届くところから世界を変えていく野望がある。


まだ終わらない物語。


これは、コーチとしての私の物語です。


2025年1月 吉日

コーチ しょう

Special thanks to りーさん